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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)250号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び同2(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由1(本件登録意匠と甲号証意匠との類否判断の誤り)の当否について検討する。

(1) 審決の理由3(当審の判断)のうち、1)(本件登録意匠)、及び2)(甲号証意匠)は、当事者間に争いがなく、同3)(本件登録意匠と甲号証意匠との比較検討)のうち、共通点及び差異点の認定(審決書六頁一行ないし七頁五行)は当事者間に争いがない。

(2) そうすると、両意匠は意匠に係る物品を共に掛け時計とする点で一致している。

(3)<1> そして、上記説示の共通点及び差異点を総合して意匠全体を考察すると、掛け時計は正面から観察されることを通常とするから、前記に共通するとした点は、両意匠それぞれの形態上の特徴を最もよく表し、かつ、形態全体の基調を決定付け、看者に強い共通感を抱かせるものであるから、類否判断を左右する要部と認められる。殊に、時針及び分針を樹木の細枝様とした形態は、文字盤の周縁部に野鳥を時刻標示記号として配置した形態と強く結合し、看者に極めて特徴的な美感及び印象を起こさせるものと認められる。

審決書別紙第一及び別紙第二によれば、本件登録意匠の時針及び分針は甲号証意匠のものよりやや太く頑丈な感じを与えることが認められるが、この点の違いが上記認定、判断を左右するほどのものとは認められない。

<2>  これに対し、差異点のうち全体の形状については、本件登録意匠の出願前から、掛け時計の形状として円形、四角形、八角形等の種々の形状のものが知られていると認められる上に、前記説示の時針及び分針を樹木の細枝様とした形態が文字盤の周縁部に野鳥を時刻標示記号として配置した形態と強く結合して生じさせる強い共通感が、全体の形状が円形か八角形かという差異を減殺し、類否判断に大きな影響を与えないものとしていると認められる。

<3>(a)  原告は、両意匠においては、枠体と鳥の形態が写実的に表された文字盤とが結合されて、掛け時計としての一つのまとまりのある意匠を構成しているのであり、しかも、掛け時計の取引をする場合に、枠体の形状は重要な要素であるから、物品の混同を生じるおそれがあるほどに美感が共通しているとはいい難い旨主張する。しかしながら、掛け時計の取引において枠体の形状が重要な要素であるとしても、そのことは、例えば、部屋の雰囲気と合致するか否かの点から購入の際に枠体の形状が重視されることがあることを意味するにとどまり、両意匠が取引者、需要者が混同するほどによく似ているか否かという本件での問題とは異なる場合の問題であるし、本件において、枠体と文字盤が結合したものをもって意匠の要部と認めることができないことは、前記に説示したところから明らかであるから、この点の原告の主張は失当である。

(b)  また、原告は、意匠中に公知意匠あるいは周知意匠が含まれるからといって、当然にその部分が創作性がなく、意匠の要部から除外されるかのような判断は、誤りである旨主張する。

しかしながら、審決は、単に周知意匠であるから、円形かどうかの全体形状の点は要部になり得ないと判断したものではなく、両意匠の具体的対比の中で、殊に、時針及び分針を樹木の細枝様とした形態が文字盤の周縁部に野鳥を時刻標示記号として配置した形態と強く結合して生じる強い共通感との関係において、全体形状の点が要部になるかどうかを検討しているものであるから、この点の原告の主張は採用することができない。

(c)  さらに、原告は、甲号証意匠が登録された後、本件登録意匠が登録されるまでの間に、被告を含めて多数の時計取引者が、文字盤を鳥の絵柄とするもので、枠体を円形状にし、針形状を一般的な形状にした掛け時計を販売していることは、甲号証意匠の存在を前提とする限り、取引業者も、枠体形状は看者の注意を惹く重要な要素であって、意匠の類否判断に大きな影響を与えるものであると考えていることを示している旨主張する。

しかしながら、原告主張の甲第4ないし第7号証の掛け時計は、全体の形状が円形であるだけでなく、原告が自認するとおり、そもそも時針、分針の形状が細枝状のものでない点において甲号証意匠の特徴を有しないものであるし、枠体が円形状であることは、掛け時計の形状として一般的なものと認められるから、甲第4ないし第7号証の掛け時計の存在から、取引業者も枠体形状は看者の注意を惹く重要な要素であって、意匠の類否判断に大きな影響を与えるものであると考えていたと認めることはできず、この点の原告の主張は採用することができない。

<4>  審決の理由3(当審の判断)の3)(本件登録意匠と甲号証意匠との比較検討)のうち、八頁一〇行「次に、」から九頁一八行「る。」まで(縁部分を平坦面としている点、六時から九時まで二羽の鳥で表している点及び背面の形態についての判断)は、当事者間に争いがない。

<5>  そして、審決が認定する差異点は、それらの差異点全体が与える効果を考慮しても、その相違の程度が少なく、本件登録意匠と甲号証意匠の類否を判断する上で、取引者、需要者の注意を惹きつける部分であるということはできないのに対し、両意匠の一致点である共通点は、両意匠の全体的観察において看者の注意を惹きつける部分であり、両者に共通した美感を与えるものと認められ、両意匠は類似するものというべきである。

(4) そうすると、本件登録意匠と甲号証意匠とは、意匠に係る物品が一致し、形態においても、その形態上の特徴を最もよく表す要部が共通するものであるから、両意匠は類似するものというほかはない旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。

3  次に、原告主張の取消事由2(意匠法九条一項の解釈の誤り)の当否について検討する。

(1) 原告は、本件におけるように、先願登録意匠に類似する後願登録意匠の無効審判の審理中に、先願登録意匠の意匠権が後願登録意匠の意匠権者に譲渡され、両意匠権が同一人に帰属した場合には、意匠法九条一項を適用して同一人に帰属する先願登録意匠の存在によって、これに類似する後願登録意匠が無効となることは不合理である旨主張する。

(2) しかしながら、後願の意匠登録出願が先願登録意匠に類似するにもかかわらず意匠登録されるのは、意匠法一〇条一項の類似意匠登録の要件を満たす場合に限られると解すべきである。

本件においては、他人を意匠権者とする先願の甲号証意匠が登録された後に、後願に当たる原告の本件登録意匠が登録査定に基づき意匠登録されたのであるから、独立の意匠登録出願から類似意匠の意匠登録出願に変更することができなくなったのは当然であり(意匠法一二条三項参照)、本件のような場合には、先願に当たる甲号証意匠が本件無効審判手続中に譲渡されて原告に帰属することとなったとしても、これを理由として、登録無効理由がなくなったと解することは到底できない。

(3) 原告は、先行する自己の登録意匠に類似する意匠が誤って独立の意匠として登録された場合、類似意匠の意匠登録出願に変更する手続的機会を与えられなかったにもかかわらず、この独立の登録意匠を先行する自己の登録意匠に類似するとして無効とすることは不合理である旨主張するが、本件では、原告の主張によっても、原告が先願に当たる甲号証意匠を取得したのは本件登録意匠の登録査定後であるから、そもそも原告は類似登録意匠出願に変更する手続的機会を失った場合には当たらないし、出願手続において自己の登録意匠に類似するとの拒絶理由が示されていれば類似意匠の意匠登録出願に変更することが可能であった事案においても、独立の意匠登録出願を行うかそれとも類似意匠の意匠登録出願を行うかは出願人が自己の責任で決定すべきことであるから、誤った審査が行われたため類似意匠の意匠登録出願に変更することができなかったことを理由として、独立の意匠登録のままの本件登録意匠に登録無効理由がないと解することはできない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(4) そうすると、甲号証意匠が本件登録意匠に先行する平成五年二月一七日の出願に係るものであって、これに類似する本件登録意匠は意匠法九条一項の規定に該当せず、本件登録意匠の登録は無効といわなければならないから、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2も理由がない。

4  よって、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年一〇月一五日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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